だいたい難破中

弱いものがさらに弱いものを叩き一番弱いものが死ぬ世界

中田富太郎のことは知らない。もう触れないでほしい

今週のお題「読書の秋」

 

 

戦場の軍法会議: 日本兵はなぜ処刑されたのか (新潮文庫)

戦場の軍法会議: 日本兵はなぜ処刑されたのか (新潮文庫)

 

 

フィリピンのジャングルの奥深くで、食糧不足に陥った日本軍。

 

ボロボロの負け戦だから食料が支給されないもんだから、食料調達のために部隊から離れるけれど、期日までに戻ってこれなかったら脱走兵扱いという、ネトウヨなら泣いて喜びながら熱望志願すること間違いなし、我らがエクストリーム軍隊、大日本帝国陸軍末期の軍法会議の実態についてあれこれ書かれた本です。

 

本のだいたい4割くらいが「中田富太郎」という兵士について描かれているのですが、この人、当時としては珍しいインテリで、英語が喋れたらしいです。で、その語学力を活かして現地住人から食料調達してたらしいんです。

 

 

まあ完全ネタバレなのですが、ちょいちょい部隊から抜け出して食料調達にいそしんでた中田さんは軍法会議にかけられることになったんですが、当時の日本軍はボロボロだし食料すらろくにないので、脱走兵もかなり出てる。

 

とはいえ脱走だけなら本来、処刑するほどの重罪ではないらしいのですが、中田富太郎の場合は英語を喋れるから、もしこの日本軍ヤバイ状況で本当に脱走しちゃったら、現地のゲリラと合流して日本軍の情報を正確に流すかもしれない。

 

これはもう……処刑するしかなくね? 

 

という「空気」が形成され、法が捻じ曲げられ、恵まれた語学力が最高に裏目った展開で処刑された中田さん。

 

・食料があればそもそも脱走しなかっただろう

・勝ち戦なら脱走しなかっただろう

・脱走兵が相次ぐ末期的な状況

 

なのに、英語喋れる奴が脱走したらやばいんじゃね? めんどくさいからもう銃殺しちゃったほうがよくない? という、こんなときだけ発揮される合理的思考と、それを後押しする「空気」によって処刑されるわけですよ。

 

日本軍は鬼畜だって、はっきり分かんだね。

これだけだったら、まあ、よくある悲劇の一つくらいで終わったんですが。今でいう冤罪で死刑みたいな(それも大概だけど)。

 

 

しかしあの時代の狂気と日本人の陰湿さがコラボしたその後の死体蹴りが半端ない。

 

 

軍法会議で処刑されるということは、靖国神社で祀られない。

軍法会議で処刑されるということは、遺族年金は一切でない。

軍法会議で処刑されるということは非国民の反逆者で、田舎に住んでいた親族は村八分で非常な苦労をする。

 

そんなわけで、一体どれほどの悲劇があったか計り知れませんが、かつて英語を喋れるインテリを排出した、恐らくそれなりに恵まれていたであろう中田家の人々は、故郷を離れることになったようです。本の終盤で、ようやく見つけた親族に当時のことを聞こうとしても、

 

「中田富太郎のことは知らない。もう触れないでほしい」

 

と言われる始末。

 

中田富太郎は実際には、英語を喋れることを鼻にかけたクソ野郎だったのかもしれませんし、誰よりも優しく、自分から食料調達を買いに出た誠実な人間だったのかもしれませんし、どちらでもない、普通の人間だったのかもしれない。

 

 

 

何もわからないのに、ただただ悲劇だけが結果として残っていることに、ただただ、不条理を感じました。

 

いわゆる戦犯もルールによって靖国で祀られているのに、空気でなんとなく処刑された中田さんはルールによって祀られていないというのが、また後味悪いですね。