Iamnotarobot’s blog

某ライターの表には出せない思考です。

わがままは男の罪 それを許せないのは女の罪

 

はじめしゃちょーとかヒカキンといったyoutuberの女性関係が話題になっていますが。

 

有名人で金持っている男が女性関係にだらしなくないはずがないのです。

 

聖人君主だって性欲がありますし、有名人で金持ってたら寄ってくる女も多いわけですし。

 

かのキリストも30日間オナ禁後にマリア像でシコってしまったと旧約聖書に書いてあるのはあまりにも有名な話ですし、ガンジーも逆レイプをしかけてきた有名人好きのメンヘラ女に無抵抗を貫き通し非服従の証としてどれだけ騎上位で攻められてもけっしてイカなかったというのも有名な逸話です(別次元のパラレルワールドで)。

 

卵が先か鶏が先かみたいなもんで、男がまんこ好きなのが先か、女が金持ってる有名人好きなのが先か、それはもはや同列なのです。

 

それはあまりにも多くの歴史とあまりにも多くの男女が数え切れないほど身を持って証明していることです。

 

それなのにいまだに金持ってる有名人の不貞を責める連中の気が知れないし、そういう奴ほど自分が同じ環境(金持ってる有名人)になったら平気で不貞行為をしでかすと思います。

 

人間は弱く、愚かで、惑わされやすい生き物であり、そしてそれを許さないことが人間の弱さの証明なのです。

 

 

 

 

 

ほぼすべての人間はわざわざ「この情報は本当か嘘か」に時間を割かないし割けないだけ

shikabane.hatenadiary.com

たまたま目の見えない友人がいる人なんかはこういう機会に悲しんで「嘘を拡散するメディアよくない!」なんていうわけですが。

 

大多数の目の見えない友人がいない人にとっては、動画につけられたタイトルひとつにそこまで考えるきっかけがないし、これだけ情報があふれている中で、

 

「ただ暇つぶしに見てたネットで一つ一つの情報についてそこまで審議を詮索しない」

 

のです。

 

嘘を拡散するメディアは、受け手である人間はバカだから嘘でもなんでもとにかく拡散すれば儲かるから拡散しているだけです。

 

とはいえ、さすがにインターネットの登場により、一日に人間が目の当たりにする情報の量は飛躍的に増えています。

 

現代社会は情報の飽和攻撃であり、すでに人間は人間の生み出す情報に対処できていない

 

と、ドナルド・ネイサン教授の著作に書いてありましたが、まさしくそのとおりで、割とひねくれ者で天邪鬼で、与えられた情報をまず疑ってかかる僕でも、ボーっとしているときやどうでもいいときにはそのまま情報を鵜呑みにしてしまうのです。

 

まあそういうわけで、たまたま目の見えない友人がいるからたまたま気づけただけで、毎日似たような嘘が平然と流され、その事実に僕含めてほとんどの人が気づいていないのです。

 

ではどうしたらいいのか? もちろん解決策なんてなくて、これからも人間は情報の中に埋もれて物事の真偽を見極められず、見極めたとしても思考と志向の違いによってくだらない争いを続けていくのです。

 

 

 

もちろんドナルド・ネイサン教授もその事実に警鐘を鳴らしていましたが、そもそもドナルド・ネイサン教授なんていませんし。

 

いやどっかに同名の教授がいるのかもしれないけれど、まあエロいお姉さんとセックスしたいですね。

 

 

 

 

 

ライト級ボクサー相手に「お前はボクサーではない」といえるのか?

kazenotori.hatenablog.com

ライトノベルというくらいなのだから、ノベル(小説)なのです。

しかしライトノベルというくらいなのだから、ライトなのです。

 

ライト級ボクサーとヘビー級ボクサーが並んでいたとして、ライト級ボクサーなんかヘビー級ボクサー相手にはワンパンKO必至のクソ雑魚ホビットだからボクサーじゃねーよ中つ国に帰ってどうぞwww みたいな喧嘩商売論法は通じないのです。

 

ライト級ボクサーとヘビー級ボクサーは同じくボクサーなのです。

 

しかし体重・身長制限を取っ払って無差別ボクシングトーナメントを開催したらライトボクサーなんか総員枕を並べて一回戦で討ち死にするのも当たり前のことで、結局「ボクシング」に焦点を絞ればライト級ボクサーが活躍することはほぼないでしょう。

 

もちろん、ライト級ボクサーの中にも技巧派やパワータイプなど、いろいろ武器や特徴はあるのですが。

 

さてライトノベルかヘビーノベルかどちらがすばらしいかですが。やはり多少は読み手の年齢や成熟具合と連動すると思われます。

 

そして、身体と年齢だけいい大人になっても心がライトなままのライト博士みたいな連中は世間にいっぱいいます(しかし、心の成熟度は体重・身長みたいに簡単に測れるものではありません)。

 

 

まあ結局、身体と年齢だけいい大人になっていてもいつまで経っても、

 

ライトノベルは純文学を越えた! 人生のすべてをライトノベルに教えてもらった!」

 

という人は残念ながら残念な人で、

 

「普通の小説とかビジネス書も読むけどライトノベルも好きなんだよねー」

 

というのは心のバランスが取れた人で、

 

ライトノベルはキモオタ犯罪者予備軍向けの犯罪推奨書籍! いますぐ焚書して純文学だけをこの世に残すべき!!」

 

とか思っている人は残念ながら残念な人です。 

 

 

僕はライトノベルはそれほど好きではないのですが少年ジャンプはおっさんなのに読んでます。いいおっさんなのにゲームしてます。

 

純文学ばかり読んでいる人も、たまには息抜きにライトノベルを読んでその世界観を楽しんでもいいでしょうし、逆もまた然りです。

 

本来両者が争う要素はどこにもないのですが、人間のすばらしい愚かさは無から殺し合いの戦争を生み出すものなのです。

 

ブログに「広告とほしいものリスト」を貼る予定はあります。

www.keikubi.com

こういう記事をついつい信じてしまう人は「恋空」とか「世界の中心で、愛を叫ぶ」とかですごい感動するんだと思います。

 

すごい涙とか流して、そのあと色々自分に当てはめたりして勝手にポジティブな気持ちになっちゃう。

 

ちなみに僕は、「このブログ書いている人は実際は別のブログ持っててそこではアフィリエイトをしていることを突き止めました!」とかを言いたいのではなく。

 

単純に、何も判断材料がない中で、ただそう書かれているから信じてしまうというサガミオリジナルばりに薄っぺらい精神構造をディスりたいのです。

 

特にそれ以上でもそれ以下でもないのですが、今この世界にある苦しみや憎しみは、こういう記事をついつい信じてしまう人のくだらない優しさや価値観によって生まれているのだから、本当にやめて欲しいなと思いました。

 

ちなみに僕はブログにほしいものリストと広告を貼る予定はあるのですが、一生懸命他人様のブログを引用して記事を書いているにもかかわらず一日10アクセスもないので広告の貼り方とか調べるのだるいのでまだ調べてないけどそのうち貼ります。

 

なぜかというと、お金が欲しいからです。

 

お金が欲しいし、ほしいものは当然ほしいので、誰かからもらえれば自分のお金を使わずに済むし、至れり尽くせりだからです。

 

何より、人間のくだらない心の象徴であるお金があることによって、くだらない生活が豊かになるからです。

 

きれいな女ときれいではない女のどちらの味方をしたくなるのが人間なのか

nomuch.hatenablog.com

 

当たり前のことですが、そこら辺にうようよいるような普通の女ときれいな女が戦っていたら、きれいな女の味方をしたくなるのが、「人間としてごく当たり前の普通の気持ち」です。

 

男だけではなく、女ですら、きれいな女にまず歩み寄ろうとするのです。

 

それは人間の限界であり、人間がただただ表皮の薄皮一枚と私情や欲望でしか物事を判断できない醜い怪物であるという証左でしかないのです。

 

たとえばきれいな女に騙された経験がある男だったり、きれいな女に散々いじめられたきれいではない女だったりすれば、条件反射的にきれいではない女に歩み寄ろうとするでしょう。

 

それは実際のところ賢さではなく、ただの危険に対する条件反射、あるいはきれいな女に選ばれなかった事実から目をそらすための代替オナニーでしかないのです。

 

本当に両者の言い分を正しく評価し、常識や社会的な観点に結び付けて、両者のキャラクターや薄皮一枚を判断の基準におかず、正しく状況を評価し、正しい者の味方をする。

 

そんなことできる人は、人間ではないのです。

 

何もかも知らない外野からしてみれば、きれいな女がそうではない女から絡まれているなあ、かわいそうだなあ、どうせ嫉妬されているんだろうなあ、くらいでしかないのです。

 

れいな女が適当に庇護者になってくれそうな対象をターゲットに接触を図れば、それだけで味方を増やすことができ。そうではない女は、ただ容姿が劣っているというだけで正当に評価されないのです。

 

こうやって物知り顔で偉そうに書いている僕ですら、きれいな女が

 

「あなたはとても冷静で、真実を話せばきっと強い味方になってくれそうです。この件で相談があるので○○で会ってくれませんか?」

 

などと連絡をしてくれば、

 

「どうせ俺を騙して利用しようとしてるだけなんだろ、俺は騙されないぞ」

 

なんて思いながらもノコノコ会いに行ってちょっと潤んだ目で見つめられてついでにちょっとおっぱいでも揉ませてくれようもんなら、ギンギンに怒張した男根が天を突き、ほんの一瞬でその女のために喜んで命すら投げ出す生え抜きの親衛隊に早変わり。

 

本当に、偉そうで立派な人間様なんていうのは、その程度のくだらない存在なのです。

 

 

なのできれいな女はおっぱい揉ませてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを選ぶということは、何かを選ばないということです。

 

www.from-estonia-with-love.net

 

誰か一人を愛するということは、それ以外の人を愛さないということです。

 

誰か一人と入籍したのなら、その人と入籍している間は他の人とは入籍しないということです。

 

「それは差別じゃなくて区別だ!」

 

みたいな事をいうけれど、選ばれなかった側からすれば差別でも区別でも選別でも等しく辛いこと。

 

そういうことが社会には無数にあって、誰からも選ばれないような魅力のない、例えば僕のような矮小な人間が、ネットの中でだけ浅薄な自分を棚に上げて在日韓国人を差別しているのかもしれない。

 

多くの者に選ばれ、多くの者を選べる人間が「差別なんてやめようよ」なんて上から言っても、底辺には届かないのです。

 

「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」みたいな考え方は、想像を絶する底辺には届かないのです。

 

この若いメリケンYouTuberもまた、差別している人を差別しているに過ぎないのです。

 

つまり、差別はなくならないし、あるのが普通で、ただ程度の問題でしかないのです。

 

ひどい差別をする人はおそらくひどい人間なのですが、善良な人間もまた、それなりに差別をするのです。

 

それは誰にも変えることも越えることもできないことだと思います。

 

 

子供を育てる気がない人たちは何を目標としているのか

www.nanakorobiyaoki-sui.com

 

僕なんかは、「同性同士で付き合ってどうなるんだよ」と思うし、そもそもいい歳して、子供の種を作れる、子供を宿せる身体を持っていてなお「結婚して子供を育てない」という行為に挑戦すらしない人たちはなぜ生きているのか不思議でなりません。

 

・とんでもなく有名・有能で現世・後世にそれなりの影響を与えられる

 

というくらいなら、子供を育てない人生にも意味を見出せるかもしれません。

 

・家族に対してとんでもなく大きなトラウマがある

 

というのであれば、家族を築こうとしないことは仕方のないことなのかもしれません。

 

だけれど、その果てに何があるか。本当に意味を見出せません。

 

ただの平凡な人間なら、平凡な人間らしく子孫を残して平凡に死んでいくべきなのではないかと思うのです。

 

子供がいない人はよく「子供を産めない人だっている!」という主張をされるのですが、産めないと産まないはまったく違います。

 

確かに大きな視点を持てば、子供を産んで育てることすら価値はないのですが、小さくて平凡な人間ならば、子供を産んで育てるということはそれなりの価値があるし、目に見える成果なのではないでしょうか。

 

こうした、インターネット上に書き捨てられている自己満足と自己正当化の日記よりも。