とにかく「ベルリン陥落1945」を読んでおけばいい
僕の大好きなヒトラーおじさん。
ヒトラーおじさんのおかげで第一次世界大戦後にドイツは急速に復興して、強国に返り咲いて、国民はみんな大喜び。「すべては総統のおかげだ!」みたいなスローガンが書かれた看板がたくさん作られたらしいです。
そしてほんの10数年後には、ドイツは第二次世界大戦でアメリカとソ連からボコボコに国土を蹂躙されて、東からソ連兵がアーリア娘をレイプしまくって、西からアメリカ軍が空襲でドイツを廃墟にしまくって、死に体のナチスは怯える逃亡兵を勝手に処刑しまくってまさしく地獄絵図。
そして死体と廃墟の中で「すべては総統のおかげだ!」と書いてある看板だけが残っている。そう、すべては総統のおかげなのだ。
という究極のブラックジョークが出てくる「ベルリン陥落1945」。この本面白いんでぜひ読んでください。
あと、このブログもおすすめです。
ritsukoguenther.hatenablog.com
なんか最近の投稿は小説チックになりすぎているけれど、初期の投稿は、まさしく敗戦間際のドイツの断末魔と悲劇と、そして母親の強さが十分に描かれていてとても面白かったです。
国が崩れる、という究極の異常事態に陥ったとき、女性の気持ちの切り替えの速さ、男性はしばらくノックダウンしたまま、みたいな描写が、「ベルリン陥落1945」にも、上記のブログにも描写されていて、興味深かったです。
態度の良い40代無職なら救われるなんて中途半端な希望を与えるなよ
態度の良い40代無職がいたとしてですね。
男なら、助けを求める態度の良い40代無職と、助けを求めてるけど態度の悪い20代のホットな姉ちゃんが隣りにいたら、当然ホットな姉ちゃんのほう助けるよね?
女なら、助けを求める態度の良い40代無職と、助けを求めてるけど態度の悪い20代の高身長イケメンが隣りにいたら、当然高身長イケメンを助けるよね?
そもそも、40代無職を助けるとしたって、せいぜい数万恵むか、介護か清掃かタクシードライバーの仕事を紹介するくらいですよね?
それで、せいぜい年収250万未満で、生きていく態度の良い40代無職。それって、「救われた」んですかね?
まあ確かに、40代無職のリカバリとしては、それでも十分救われたのかもしれません。けど、その程度ですよね? たしかに救われてるんですが、実際には救われたっていうか、事件起こさないだけ、死なないだけですよね?
人生まだまだなんとでもなる20代無職の救われる、とは、レベルが違います。
中途半端な希望を、40代無職に与えないでください。救われないです。
40代無職なんか、基本的には価値は一切ないです。
せいぜい年収250万未満で、一生独身最後は孤独死。それくらいですら最大値なのが、40代無職なんです。
それを受け入れて、生きるしかないんです。
なにせ、年収250万未満でも、便利な道具、おいしい食事、病気にかかっても医者がいる。
そう、それですらが、歴史上類を見ないくらい、最高に恵まれた生活なのですから。
スラム街を油断しきった美女が歩いてて案の定襲われたら、100%襲ったやつだけが悪いのか?
なんか有名ブロガーと言われる人たちの認識が甘すぎる気がしますね。どんな理想郷に生きてるのだろう……。
軽装で登山して遭難して死んだりしたら、そんな初心者相手に自然の猛威を奮った山さんサイドに責任がある! みたいなこと言うのかな。初心者なんだから問題や責任は一切ない! みたいな。
100%山が悪いわけではなく、軽装で登山してもいけるっしょ、という判断に、「問題」はあったのでは。「問題」があったとして、じゃあ登山者が山を舐めすぎ死ぬの当たり前ザマァwwww という話でもないでしょうし。もし、死ぬの当たり前ザマァwwww って言う人がいるのなら、それはその人が間違えているというだけ。
クラブ行ってガンガンに酔っ払って知らない男たちとはしゃぎまわってたら、いつの間にかレイプドラック飲まされてて……みたいなのは、100%男が悪いのかな。そもそもそういう場所に行って、油断しなければ、そうならなかったのでは? もちろん一番悪いのはレイプする男なんだけれど、そういう場にはそういう警戒すべき事項がある、なんていうのは容易に想像がつくはずですし、もう少し自衛について考えなかったのか? とか思ってしまいます。
この辺は、フェミニストからするととんでもない男尊女卑の発想なんでしょうけど、どちらかというと、むしろ女尊男卑のつもりです。男なんかチンポ挿入することしか考えてない奴が一定数いるんだから、気をつけなよ。という。チンポ挿入することしか考えない男に、道理なんか通用しないんです。
これはもしかすると「原因」かもしれませんが、そこに「問題」や「責任」があったとは私は全く思いません。
原因かもしれないけれど、「問題」や「責任」はない、という考え方は、非常に興味深いです。
すごいロジックです、うまく表現できないけど、そうとうやばい気がしますね。
じゃあ他のネット著名人についてはどうなんだ、と言われれば、やはりそれが「hagexさんが容疑者に殺される」理由にはならない、としか言いようがありません。
これで殺されるなら、あなたが殺されていたかも知れませんし、私が殺されていたかも知れません。
なんというか、「あなたが殺されていたかも知れませんし、私が殺されていたかも知れません。」これはただの事実でしょう。
一歩間違えたら(間違えなくても)、運が悪かったら、別の誰かが殺されていたと思いますよ。
割に合わない自業自得や、割に合わない因果応報なんて、世の中には無数にあって、人生なんか簡単に狂うものなんじゃないでしょうか。
うかつな発言や軽々しい晒し上げが原因で殺されたから、それは殺されるに値する行為! 100%因果応報! とかではないとは思いますが、この流れで、この人に、それを言ってしまったから、こうなったのであれば、他の誰かは言わなかったのであれば、そういうスタンスで世の中に顔を出していたのであれば、色々な問題と原因があって、結果的に今回はお釣りが来るくらいの因果応報になってしまったのではないでしょうか。
いったい、どっちの考え方が世の中の多数派なのだろう。
追記、やっぱりこういう考え方も一定数あるようで、よかった。
ネット上で地位を築いて現実にも価値がある人が、ネット上ですら何もない人を晒し上げたのだから。
何も持たなくて、ただ世間への恨みしかなくて、ネット上で小さな小さな承認欲求を満たすしかない本当にかわいそうな哀れな、それでも生きなければならない人。
そんな人を、ネット上で地位を築いて現実でも価値がある人が、軽い気持ちで煽って、その上で現実世界で有名人として講演するんだから、こうなったのは割には合わないかもしれませんが、自業自得でしょう。
有名ブロガーたちが一斉に「なんでこんな事が起きてしまった……」みたいな記事上げてて、「自業自得とは思わない」みたいなこと書いてた人もいたけど、それは違うと思います。
僕は「自業自得」だとは思わない。どんな理由であっても、発した言葉が理由で命を奪われてはならない。
ネット上に限らず、「◯◯は自業自得だと思わない。◯◯をしたからといってXXになることはありえない」みたいな論法をよく聞くけれど、自身の悪い行為が最悪の結果を招いたとしても、それは「割に合わない自業自得で残念」であって、「自業自得ではない」みたいなのは違いますよね?
割に合わない自業自得で、みんなでいじめてたらたまたま一人が復讐された。割には合わなかったけれど、これは防げない事件だったのか?
道端で包丁持ってるキチガイに「なんで道端で包丁持ってるの? 通報しますねwww」みたいに言う人っているのかな。ネット上でだったら言っても安心なのかな。
これからも、居場所のない人たちはネットでくだらない矮小な承認欲求を満たそうとするでしょう。
居場所のある人たちが、そんな哀れな人達を気まぐれに弄んだのなら、はたしてその結果は、幸せなものになるのでしょうか。そんなことをする必要はあったのでしょうか。
その人次第
こういう、「私って容姿いいけど〜〜」的な匿名記事って、たいてい、
「容姿いいとか自分で思ってるだけだろww」
「勘違い乙w それただの営業だからw」
みたいな煽りが入りますよね。
とはいえ実際、これほどまでにインスタグラムだの出会い系アプリだのが全盛期で容姿ばかり意識される(かつ、ネットで顔出しも普通になっている)時代においては、わざわざ顔隠して「私容姿いいです」みたいなことを書いても多少説得力に欠けますね。
容姿がいいと幸せになれるかどうかですが、基本的には幸せになれる要素です。それはただの事実です。
でも、1億円を100人に渡したら、その1億円を5倍に増やせる人もいれば、一瞬で1億円失うどころか借金まで背負って後悔する人もいるでしょう。それはその個人個人の資質であって、基本的には、1億円があったら幸せになれるに決まっているのです。
不細工な人が整形して整った顔立ちになったとしても、全員が幸せになれるわけではないのでしょうし。
何物を与えられても、あるいは与えられなくても、人間の千差万別の愚かさは、千差万別の結果をもたらす、ただそれだけの話です。
なお、僕の話ですが、僕は信じられないほどの超絶イケメン、神の造形物とまで謳われる容姿で、歩いているだけで周りの若い女性が妊娠するくらいの美男子なので、認知問題がしょっちゅう発生するため、やはりあまり幸せではないですね^^;
おわり(精神病院閉鎖病棟からの書き込みでした)
歴史を知れば親日にならざるを得ない、という言葉があるが。
「事実を知れば反日にならざるを得ない」という言葉があるが、この言葉のとおり、
そんな言葉があるとは、勉強不足で知りませんでした。
……あるのかそんな言葉?
まあ仮にあったとしても、どっかの本に書いてあったから「事実を知れば反日にならざるを得ない」という言葉があるんだ! とかだとしたら、そんなこと言われてもへえ、そうなんですか……って感じですよね。
もはや、そんなこと言い出したら、「歴史を知れば親日にならざるを得ない」って、今この瞬間にこのブログに書いておいたわけですから、これで、「歴史を知れば親日にならざるを得ない」という言葉はあることになりました。
よかったですね。
ネトウヨも頭おかしいし、ネトサヨも頭悪いし、ほんと全員消えてくれるのが世界平和への一番の近道ですね。
よっこいしょういちはなぜ許されたのか
よっこいしょういちは昭和五十年代当時の日本で流行ったギャグ。
そして今回、唐揚げの残りを横井庄一とするのは先人に対する侮辱! 国賊尾田許すまじ! トラ・トラ・トラ! と怪気炎を吹き上げるネトウヨと、煙を業火に変えて火遊びしたいだけの精神浅薄ネットユーザーたち。
よっこいしょういちの場合は、自然発生型で、特定の人物のギャグとかじゃなくて、いつの間にか流行したようですね。昭和50年代といえば、まだまだ戦争当事者たちが社会を支えているくらいの時代なのに、当事者たちが茶化しているわけです。
本当に、戦争の恐怖、苦しみ、悲劇を知っている人たちが、よっこいしょういちと言っても怒らなかったのか? ちょっとググってみましたが、有用な情報はなさそうです。やはり、当時流行った、というくらいなのだから、怒りの反応はそれほどなかったのではないでしょうか。
では、当時、よっこいしょういちじゃなくて、唐揚げの残りを横井庄一扱いしていた人がいたとしたら……? 酒宴とかだと盛り上がりそうですが、特に流行もせず、批判もされないでしょうね。なにせ、よっこいしょういちが受け入れられていたわけですから。
そして現代日本。怒り狂うネトウヨと脳みそ底辺ネットユーザーズ。戦争を知らない子どもたちが、戦争を知らない子どもたちを、戦争を語って批判する。
しかし、色々な資料に目を通してみると、戦争直後の日本でも広島長崎出身者を「ピカ」と差別してバカにしたり、東日本大震災のときだって、被災者をバカにしていた層はいます。
時代の変化も多少の影響はあるでしょうが、浅はかで思慮のない、どうしようもなく愚かな人間というのは、いつの時代でも一定の割合を占めるのでしょう。
いずれにせよ、いつだって当事者無視で盛り上がるのが大好きな愚かな日本人たち。
横井庄一が生きていたら、この炎上に対して、どんな反応をしていたんでしょうね。